大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(行ク)82号 決定

申立人 イスクラ産業株式会社

相手方 外務大臣

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨は、「相手方が、別紙査証申請人目録記載の各申請人に対する査証付与に関し、申立人が相手方に提出した身元保証書(受付番号九五六三一)添付入国理由書記載の入国後の日程中『日本航空株式会社にて工業用フアイバースコープの使用方法についての技術交流・東京都大田区羽田空港二―一―一日本航空オペレーシヨンセンター』の部分につき、昭和五七年一一月二二日付けでした不許可処分の効力を停止する。」というにあり、その理由は次のとおりである。

1  相手方は、ソヴイエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)人に対する査証の付与に関し、日本国人が当該ソ連人の身元保証をし、相手方に対し身元保証書に入国理由書(入国後の日程の記載を含むもの。)を添付して提出することを必要としている。

2  申立人は、ソ連を主たる相手国として貿易業を営む会社であるが、昭和五一年からソ連に対し航空機エンジン等の内部検査のために使用する工業用フアイバースコープ(オリンパス光学工業株式会社製。以下「本件器械」という。)を輸出しており、現在その台数は約七五〇台に達している。しかし、本件器械の性能及び使用方法が必ずしも十分に理解されているとはいえないため、申立人は今回別紙査証申請人目録記載のソ連国籍を有する技術者ら五名(以下「本件査証申請人」という。)を日本に招待し、日本航空株式会社(以下「日航」という。)その他の会社で実地に本件器械による内部検査の模様を見聞してもらい、これによつて本件器械の操作技術の修得及び向上を得させるとともに、併せて他の新製品を紹介することにした。そして、申立人は、本件査証申請人が申立人の右招待に応じ日本に入国するため査証の申請をした際、その身元保証人として相手方に対し、昭和五七年一一月四日付け身元保証書(受付番号九五六三一)に入国後の日程を同月一五日から同月二四日までとする入国理由書を添付して提出した。申立人は、右入国理由書の入国後の日程中、同月一八日の欄に「日本航空株式会社にて工業用フアイバースコープの使用方法についての技術交流・東京都大田区羽田空港二―一―一日本航空オペレーシヨンセンター」と記載したところ、外務省係官から右の日航訪問の日程を削除するよう指導を受けたので、来日の日が差し迫つていたこともあつて、訪問先を日航から申立人会社に変更する旨の同月九日付け日程変更届けを提出した。これにより、本件査証申請人は、査証の付与を受けることができた。ところが、その後になつて本件査証申請人の来日日程が同月二三日から同年一二月二日までに繰り下がり、相手方に再検討を求める時間的余裕ができたので、申立人は、相手方に対し、同年一一月一六日付け願書を提出し、当初求めていた日航訪問を許可するよう願い出た。しかし、相手方は、同年一一月二二日付けで右の日航訪問を不許可とする旨の処分をし、これを申立人に口頭で通告した。

3  本件査証申請人の日航訪問の目的は、現に使用されている航空機エンジンの本件器械による内部検査状況を見学することにあり、今回の来日目的の中心をなすものであつて、日航訪問が不許可となれば、来日目的の大半が失われることになるのである。

相手方は右不許可処分の理由を示さないが、日本とソ連との間には通商条約(昭和三三年五月九日条約七号)が締結され、申立人はこれに基づき本件器械を何の問題もなく輸出してきており、輸出先の関係者が日本を訪問して本件器械を実際に使用している現場を見学しても何の不都合もないのであつて、これを不許可とした相手方の処分は時代錯誤も甚しいといわなければならない。また、相手方の右不許可処分は、査証の付与につき制限を課し、条件を付したものというべきであるが、何らの判断基準及び理由を示すことなく、制限を課し、条件を付することは違法である。

4  本件査証申請人は、昭和五七年一一月二三日から同年一二月二日までの滞在予定で既に入国中であり、緊急を要するため、右不許可処分の効力を停止するため、本申立てに及ぶものである。

二  これに対し、相手方は、主文同旨の決定を求め、その理由として次のように主張する。

1  本件申立ては、本案について理由のないことが明らかである。

国際法上外国人の入国の許否、査証の付与は条約等に特別の定めのない限り、主権国家の自由な裁量にゆだねられており、日本国法もこのような原則を前提として定められていることはもとよりであつて、査証の付与については、国内法上は、外務省設置法四条二〇号が外務大臣の権限に属する旨一般的な規定をおくほか他に定めのないことからして、これが外務大臣の自由裁量にゆだねられていることは明らかであり、その付与行為は恩恵的ともいうべきであり、外務大臣がその責任において裁量した結果については、原則として違法を論ずる余地がないものである。しかして、本件における申立人の主張を前提としても、相手方が滞在日程の変更を認めなかつたことについて、これを違法とするような事情は何ら認められず、本件の本案が理由のないことは極めて明らかである。

2  本件申立ては執行停止の利益がない。

本件不許可処分の効力を停止したとしても、許可があつたことになるわけではなく、かつ、外務大臣に許可の義務を発生させるものではないから、本件査証申請人が変更された滞在日程に従つた滞在を送るには、別途相手方の許可を要すべきものと解されるので、右効力停止により直ちに本件査証申請人が変更後の日程に従つた滞在を送れることにはならないのである。したがつて、本件申立ては停止を求める利益が存せず不適法というべきである(東京高裁昭和二七年四月八日決定。行裁集三巻三号六〇二ページ参照)。

3  本件申立ては行政事件訴訟法二五条二項の要件を欠くものである。行政事件訴訟法二五条二項は執行停止の申立ての要件として回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるときと規定する。しかるに、申立人の主張、疏明によつては、何をもつて申立人に緊急の必要性があり、回復困難な損害を生ずるのか全く推量の限りではない。

三  よつて、検討するに、査証は、査証を申請する外国人の所持する旅券が権限ある官憲によつて合法的に発給された正式のものであり、かつ、有効なものであることを確認するとともに、当該外国人の本邦への入国及び滞在が査証に記する条件の下において適当であることを認定する行為であるが、外国人の入国を許可するか否か、したがつて、査証を付与するか否かは、特段の条約、取決め等がない限り、国際慣習法上主権国の広範な自由裁量によつて決定し得るところである。本件査証申請人に対しても、査証を付与するか否かは日本政府の自由な裁量にゆだねられており、査証の付与自体が日本政府の自由裁量に属する以上は、その裁量により査証の付与につき条件ないし制限を付することができるのであつて、それが著しく正義の観念にもとる等、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められない限りは、当該条件ないし制限の違法を論ずることができない。

申立人は、本件査証申請人の日航訪問を認めない相手方の措置が違法であると主張するものであるが、相手方の右措置が申立人ないし本件査証申請人に対し権利を制限し又は義務を課する効果を有するとしても、右措置は査証付与についての条件ないし制限を成すものであつて、査証付与に関する自由裁量権の行使にほかならない。そして、申立人主張の事由によつては、相手方の右措置が裁量権の範囲を著しく逸脱し又はこれを濫用してなされたものと認めることはできない。また、査証付与に関する自由裁量権の行使に包含されるものである以上、右の措置をとるについて判断基準を示し、理由を付することは法の要求するところではない。

そうすると、本件申立ては、行政事件訴訟法二五条三項後段所定の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものというべきであるから、爾余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

四  よつて、本件申立てを却下することとし、申立費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 泉徳治 大藤敏 杉山正己)

別紙

査証申請人目録

国籍 ソ連邦 昭和九年九月二七日生

カガイ ヴラジーミル セルゲエビツチ

Mr GAGAI VLADIMIR SELGEEVICH外四名

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例